2011年5月23日月曜日

看護学校の講義

 朝、8時に病院に着き、本日の看護学校の講義の準備。
 午前中、病棟回診をして、11時から研修医のチーム回診。
 食事をとる時間もなく、12:30からER当番。
 14時過ぎまでに2人入院の指示をして、交代。
 14:40から看護学校で呼吸器の講義。昼食抜きなのと、ムシムシした天候で、もう一つ力が入らなかったかな。なんでも、九州では梅雨入りしたそうな。
 16:10に講義が終了し、再度病棟へ。
 日勤帯を過ぎてから病棟で指示を出すと看護師に嫌がられるので、早々に退散。
 たまった書類の記入などをして、18:30に病院を後にした。
 ふ~今日も忙しかった。

2011年5月20日金曜日

退院後訪問と耳原病院での症例カンファ



 震災支援から帰ってきて、翌日は休みにしておけばよかったなあ、と思いながら、仕事に行きました。
 やはり、休んでいるあいだに何やらかにやらあって、その調整などもしつつ、新しく入院した患者さんを受け持ち、研修医の面接をしました。

 昼は、指導医上級医会議があり、その後、病棟の看護師と一緒に、退院した患者さんの訪問に行きました。
 「調子はあんまりよくないんや」と言いながら、ニコニコ笑っている顔を見ると、やっぱり住み慣れた家が一番ですよね、と思います。

 その後、大阪の堺市まで移動して、耳原総合病院で症例カンファをしました。
 主に一年目研修医を対象に、症状や所見から鑑別診断を挙げ、絞り込み、プロブレムリストを作成し、診断・治療・教育プランを考えました。
 症例は2例で、2時間半くらいかけましたが、2例目はやや早足で飛ばしたところもあり、研修医の皆さんの満足度はどうだったか気になるところですが、私としては、とても楽しい時間でした。

 しかし、家にたどり着いたのは10時前でしたので、ちょっと疲れがたまっていますかね。

2011年5月19日木曜日

東北震災支援-4


 支援は昨日で終わり、今日は移動(帰京)日でしたが、同じ京都からの支援のスタッフと一緒に、津波の被害がひどかったという石巻市へ行くことにしました。
 朝、7時の電車に乗り、坂総合病院のある下馬から東塩釜へ。東塩釜より東はJRがいまだに不通になっているので、代行バスに1時間40分ほど揺られて、石巻市へ到着。
 石巻駅正面の大型スーパーの一回は臨時の市役所になっており、被災者の相談を受けていました。
 駅から歩くこと約20分。街並みは消え、見渡す限りの瓦礫の山。
 道は通っており、災害支援の車が行き来する。
 自衛隊が入っていて、重機を使って瓦礫の山を片付けている。
 交通整理をしている自衛隊員に話を聞いてみたが、片付けにどのくらいの期間がかかるのかも見当もつかないとのこと。
 瓦礫を片付けているとその下に遺体が埋れていることもあるとか。
 絶句しながら歩いていると、一画に鯉のぼりが下げられていて、「がんばろう!石巻」の文字が。下には「復興するぞ!」の文字も。思わず目頭が熱くなりました。
 
 駅前でラーメン屋さんが「復興ラーメン」と銘打って再開していたので、そこで昼ごはんを食べて、帰路につきました。



2011年5月18日水曜日

東北震災支援-3


 今日は、昨日までとは違う避難所に行きました。

ここは、体育館でしたが、段ボールできっちりとパーティションされており、比較的プライバシーも保たれているようでした。
 私は、医療ブースを担当しましたが、発熱の方や不眠の方、血圧の高い方などが来られました。

 午後は、塩竈神社に行き、塩釜市内を歩いてきました。

 夜、坂総合病院に勤務している同期の麻酔科のDrと一緒に食事に行き、震災の時の状況などをいろいろ聞かせてもらいました。
 

2011年5月17日火曜日

東北震災支援−2




昨夜は、クリニックの畳の部屋で雑魚寝でしたが、寝つかれず何度も目を覚ましました。おまけに、朝は朝日がまともに入るため、6時を過ぎると暑くて寝ていられず、起きだしてシャワーを浴びに行きました。
 午前中は、避難所の巡回と医療相談。
 避難所はやはり、とても快適とは言いがたく、プライバシーも保てないような状態で、ストレスによる心身の不調が今後ますます増えてきそうな気配です。
 食事は、やっと今週からお弁当が配給されるようになったそうですが、それまではおにぎりかパンかインスタント食品だったようで、体重が減った方もかなりおられたようでした。
 それでも、近隣の医療機関はほぼ平常通りに機能しているようで、医療的な支援の重要性は減ってきているとのことでした。
 これからは、生活支援が中心になってくるようでした。
 昼は、牛タンが有名な利久という店に食事に行きましたが、その店のすぐ裏手にも瓦礫や流されてきた車がまだ残っていました。
 午後、時間があったので、松島まで行ってみました。ここは、島々が緩衝帯となって津波の影響は多くなかったようですが、駅前の店の人の話では、やはり1階が浸水して、アイスクリームの器械も使えなくなったので、新調するのに100万円かかったと言われていました。
 タクシーの運転手さんに聞いた話では、津波で駅前の広場から遊覧船の乗り場まで泥だらけになって、2ヶ月かけてやっと掃除できたのだそうです。

2011年5月16日月曜日

東北震災支援−1




 朝、普段より少し遅く家を出て、京都駅に向かいました。駅で、他の病院の看護師と合流して、東北へ。
 少し前までは新幹線で東京まで行き、東京からはバスで仙台に向かっていたようですが、私たちは仙台まで新幹線で行けました。
 私たちの支援の拠点となる坂総合病院までは仙台から仙石線に乗り換えて30分ほどのところですが、それもJRでスムーズに行けたので、震災の影響としては、仙台市内の仮設住宅と屋根の瓦が落ちた家が散見されたくらいでした。
 坂総合病院でオリエンテーションを受けた後、車で七ヶ浜まで視察に行きました。ほんの20分も走ると、津波の爪痕がいまだに生々しく残っていて、思わず絶句してしまいました。
 百聞は一見にしかずといいますが、やはり、TVで見ているのと現実を見るのとではまったく違います。
 1時間ほど車で回った後、夕方から避難所の巡回と医療相談に行き、本日は終了しました。
  

2011年5月12日木曜日

臨床研究セミナー

 今日は、午前中外来の代診。
 摂食障害から過食になった19才の女性がrefeding syndromeによる低リン血症のため、入院に。
 昼、医師部の会議があり、院外へ。
 会議から戻ったら、午前中往診に行っていた後期研修医のM君から電話があり、iPhone経由で往診カンファレンス。
 その後、内科医局運営会議をして、病棟回診に行き、夕方17時から臨床研修部の会議があり、18時から臨床研究セミナーに参加しました。
 臨床研究セミナーでは、二次資料の使い方について簡単なレクチャーとUp To Date とDyna Medの使い方のDemoをしました。
 今日は、息つく暇もないくらいめまぐるしい一日でした。

2011年5月8日日曜日

休日



 今日は、朝から犬の散歩に近くの疎水へ行きました。
 その後、裏山に出ていたタケノコ掘りをしました。
 午後は、昼寝をして、DVDを観て、休日を満喫したのでした。

2011年5月7日土曜日

外部講師のカンファレンス

 今日は、今年度最初の外部講師のカンファレンスがありました。
 研修医のK君が症例呈示しました。
 症例は、40台の男性で、主訴は1.5ヶ月続く発熱と肝機能障害です。診療所の外来で経過を見られていましたが、改善せず、胸部レントゲンにてびまん性の小粒状陰影が出現してきたため、入院となりました。
 症例検討では、プロブレムリストを挙げ、鑑別診断を検討しました。
 その後、ベッドサイドへ行き、心音の聴診や神経学的所見などをとりました。
 医学生さんも参加して、有意義なカンファレンスになりました。

 

2011年5月3日火曜日

連休ですが日直です。

 今日は連休の一日目ですが、日直で9時から5時まで勤務でした。
 天気も良かったせいか日曜の当直のような忙しさはなく、たまった書類やレセプトの処理などもおこない、机も少し綺麗になりました。
 明日と明後日はおやすみするぞー

2011年5月2日月曜日

英国王のスピーチ

 当直明けは映画を観に行くことにしています。
 今日は、「英国王のスピーチ」を観に行きました。
 兄が英国王を継いだため、自分は英国王になる予定ではなかったはずが、兄が王位を捨てて離婚歴のある女性と結婚してしまったため、英国王になることになります。しかし、生来の吃音のため、演説ができず、苦悩します。妻の勧めでスピーチ矯正家を訪ね、次第に身分を超えた信頼関係を築きながら、英国王としての勤めを果たしつつ、ヒトラーの台頭・第二次世界大戦の開戦という難時局に当たり、英国民に国家のために立ち上がることを呼びかけるスピーチを成功させるまでの物語です。
 クラシック音楽を背景に確かな演技力で物語を感動的に盛り上げていきます。
 大英帝国王としての重責や苦悩、時代の難局などが十分描ききれていなかったのが残念なところですが、見ごたえのある作品でした。

新患カンファレンス

 昼はランチョンで研修医の新患カンファレンス。
 75才の意識障害のケースです。
 意識障害の鑑別(AIUEO TIPS)を挙げ、検討していきます。
 研修医のK君は、ランチョンと言いながら、ずっと発表していなければならないので、食事を取る時間がなくて、結局カンファレンス終了後に食べるはめになっていました。
 ランチョンというのは看板に偽りありですね。
 
 

2011年5月1日日曜日

日曜日に当直

 今日は日曜日でしたが、夕方から当直でした。
 なんだかとても忙しい夜で、救急車が6台来て、緊急入院が、肺炎やら脱水やら意識障害やら心不全やらで7名もありました。
 翌日は結構疲れているのに、なんかハイになってしまうんですね。
 長時間労働は酩酊状態に近くなるそうです。

2011年4月30日土曜日

京都家庭医療学センター修了式

 今日は、午後から京都家庭医療学センター(KCFM)の後期研修修了式がありました。
 プログラムは、
15:30~プログラムディレクターからの挨拶
15:40~16:00 太田敦医師(class2009
  「漢方外来研修について」
16:00~16:20 中村琢弥医師(class2009)
  「後期研修2年目、1年間の活動報告」
16:20~16:40 宮川卓也医師(class2007
  「Faculty development fellowshipの報告」
16:50~17:20 修了記念講演 加藤修治医師(class2008
  「家庭医療の“さしすせそ
17:20~17:25 記念品贈呈、修了証書授与
17:25~17:30 まとめのあいさつと新入研修医(class2011):瀧本しおり医師の紹介
17:30 閉会、移動
18:00~懇親会
 加藤医師は家庭医療を「さしすせそ」で考えるとして、「さ」=様々な問題や様々な年齢を対象とする、「し」=視野を広げる、「す」=ずっと見守る(継続性)、「せ」=(患者の)世界を知る、「そ」=そばに寄り添う とまとめられました。
 懇親会は学生さんも含めた参加で大いに盛り上がりました。

2011年4月25日月曜日

新患カンファレンス


 昼の時間に新患カンファレンスをしています。
 今日は、1年目研修医のK君が症例呈示。
 40台の男性で、発熱と肝障害と胸部異常陰影で入院されました。
 日光過敏症と低ナトリウム血症があり、鑑別としては、感染症・膠原病・悪性疾患を筆頭に、ウイルス性肝炎、薬剤性、SIADHなどなど様々な鑑別疾患について検討しました。
 K君の病棟研修もいよいよ本格化してきました。

2011年4月24日日曜日

今日は誕生日でした


 今日は、私の誕生日でした。
 誕生日が日曜日に当たるのは久しぶりなので、のんびりと過ごしました。
 散髪にも行きました。
 午後は、裏の山にタケノコが出ていたので、3本掘り出しました。
 夜は、両親と一緒に中華料理屋さんで食事会をしました。

 メールやFacebookなどを通じて、たくさんの方からお祝いの言葉をいただきました。
 あんまり誕生日が来ても嬉しい年でもないですが、また一年間、気持ちを新たに頑張ろうと思います。
 

2011年4月21日木曜日

今日も忙しかったが・・・

 朝、研修医と胸部レントゲン読影の輪読会。
 午前中、病棟へ行き、10時から患者家族との面談。ターミナルの方だが、状態がやや安定してきたので、何とか家に帰れないか相談したところ、ご家族も喜んでいただいて、サービスなどを調整して退院していく方向で話し合いができた。
 その後、研修医のK君の回診。まだ受け持ち患者は1名だが、1時間ほどかけて検討と回診を行った。
 午後は、SP(模擬患者)研究会があり、先日のセッションの振り返りと今年度の計画の相談。新しくシナリオ作りを進めていくことを確認。
 その後、10月に開設予定の新病棟の建設準備会議があり、夕方は、臨床研修部の会議があり、本日は終了。
 今日も忙しかったが、会議に結構時間を取られます。

2011年4月20日水曜日

パノラマ写真が簡単に作れます!


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 これは、便利!?
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2011年4月19日火曜日

研修医K君の一日


 研修1年目のK君は、昨日から病棟の患者さんを受け持ち、病棟デビューを果たしました。
 本日は、朝、9時前に救急車で搬入されたCPA(心肺停止)の患者さんの蘇生に参加し、その後、病棟回診をして、受け持ち患者さんのケースカンファレンスがあり、昼は吉中院長の心電図道場に参加し、午後は、SP(模擬患者さん)の医療面接と病歴からの診断のセッションを受け、研修医会議に参加して、終了後、静脈血採血の実習を先輩医師や上級医・指導医に対して行いました。
 K君は、なんと、5人の採血を行い、すべて成功させました!
 

2011年4月14日木曜日

地協オリエンテーション


 今日は、民医連の近畿全体の新入医師オリエンテーションが大阪で行われました。
 各新入医師の自己紹介のあと、記念公園として、コミュニケーションのWSがありました。
 夜は、交流会で、院所を超えた交流ができたようです。

2011年4月13日水曜日

災害関連の身体的精神的健康ー家庭医の役割





















 今日は、朝の内科抄読会の担当だったので、米国家庭医療学会の雑誌から、災害時の家庭医の役割に関する文献を紹介しました。
 学会レベルで、家庭医は災害時にいかにあるべきか提起しているのはすごいと思いました。
 勉強になりました。

2011年4月12日火曜日

RC サクセション Summer Time Blues ~ Love Me Tender

 斉藤和義さんの歌もとても良いのですが、チェルノブイリ事故の直後に原発反対を歌って発売禁止になったアルバムがありました。(RC サクセション "COVERS" )
 大学時代に探し求めて買ったCDでしたが、ライブで見ると涙が出るほどすごいです。
 まさに、現在の事態を予言しています。
 忌野清志郎さん、すげーかっこいー!!

2011年4月11日月曜日

ずっとウソだった

 斉藤和義さんの「ずっとウソだった」という曲が(自作の歌の替え歌ですが)紹介されていたので、YouTubeで見ました。
 これ、すごいです。
 何回も聞いてしまいました。是非、広げたい!

2011年4月7日木曜日

入学式の桜

 娘の高校入学の手続きに学校に行きました。
 不思議なもので、入学式になると学校の桜は満開になりますね。
 天気も良かったし、桜もきれいで、春を満喫できました。

2011年4月1日金曜日

くり返す胸痛

 18歳の男性。
 朝起床時から右の胸痛と呼吸困難がある、と夜診に受診。
 話を聞くと、2年前に自然気胸の既往があり、その時の症状に似ている、と。
 胸部レントゲンでは、確かに右自然気胸があり、2年前のレントゲンと比較するとやや虚脱率が大きい。
 再発なので、手術を勧めたが、今春大阪の大学に合格して、来週入学式があり、授業が始まるので、入院はちょっと・・・と。
 難関受験を突破して、晴れて入学式に出たい気持ちも分かるよな、虚脱率もさほど大きくないし、緊急入院というほどでもない。
 本人、母親と相談して、本日は外来で脱気して、後日胸部外科で手術の日程について相談していただくこととし、サーフローで約300mlほど脱気して帰宅していただいた。呼吸困難が増強するときは緊急で受診するように伝えたのは言うまでもない。
 翌週、胸部外科受診時には、気胸はほぼなくなっていて、手術はまた時期を見て、ということになったようです。

2011年3月31日木曜日

春のあしおと

 3月ももう終わりです。
 まだ寒い日が続いていますが、桜の花は開花の準備を着実に進めています。
 自然の力の大きさを感じます。

2011年3月30日水曜日

本当は怖い 朝からの腹痛

 朝から腹痛が続くと来院した50代男性。
 後期研修医のT医師が外来で診察しました。
 顔色を見たときから何となくいやな感じだったそうですが、腹部を診察すると、拍動の触れる部分に圧痛が。
 腹部CTを至急で撮ったところ、拡大した腹部大動脈と周囲へのしみ出しが!
 至急循環器医に相談し、緊急手術が可能な病院へ転送となりました。
 こんな腹痛が来ると、怖いですね〜!

2011年3月26日土曜日

医師初期研修修了式


 今日は、初期研修修了式でした。
 恒例の、研修の振り返りの発表を各研修医にしていただきました。
 いつも、「学習者は教育者の意図しないところで多くを学ぶ」ということを知らされているのですが、ある研修医は「ずっと医者に向いてないしやめようと思っていた」と告白して、驚かされました。でも、今は続けて行こうと思っているとのことで、ホッとしました。
 これで初期研修卒業となる2年目研修医には、院長から修了証書が授与されました。
 みなさん、ご苦労様でした。
 

2011年3月24日木曜日

後期研修医症例検討会


 午後、後期研修医の症例検討会がありました。
 後期研修医が対外的に発表したものや後期研修で学んだことをプレゼンテーションしていただき、全体で討論しました。
 様々な分野からの発表があり、討論も白熱して盛り上がりました。
 今年で後期研修を終了する医師には、院長から修了証書と記念品が授与されました。

2011年3月23日水曜日

マルク

 前出の頚椎骨折の70代男性。

 研修医のA君が、骨髄穿刺を施行しました。

 結果、形質細胞が45%あり、IgA型の多発性骨髄腫と診断しました。

 次は、本人への告知を行い、治療方針を決めることになります。